新卒で入社した会社が辛すぎて辛すぎて仕方なくて辞めたい。
だけど新卒入社半年で辞める人など周りにはいない。
みんなができることができない自分が1番悔しい。
新卒入社半年で辞めるなんて、世間的に考えておかしいし、次の会社が見つかったわけでもない。
新卒入社した広告代理店でそんな思いを抱えながらずっと仕事をしていました。
この記事、そしてこのブログは、私が新卒で入社した大手企業をたった5ヶ月でうつ病と診断され休職したのち転職。
落ち着いてきた現在、備忘録として気づいたことや当時の経験を書いています。
あってないような昼休み。果てしない残業。
雰囲気の悪い課。
仕事を大量に持ち帰る休日。
夜は眠れず朝は起き上がれない。
今とても辛いだれかの共感、そして一助となれば幸いです。
楽しみで仕方なかった社会人1年目
私は社会人になることをとても楽しみにしていました。
大学は人生の夏休みで周りは社会人になりたくないというけれど、私は早く社会人になりたい。
入社するまで働くことが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。
私が選んだ職種は営業。
人と話すことが得意で、バックオフィスで働くよりもいろんな人と話がしたい。
こんな理由からでした。
しかし、私が得意だったのは気まずいことが苦手な故のコミュニケーション。
営業は、お金を払ってもらって自社のサービスを売る仕事です。
私が得意だったのは気まずいことが苦手な故のコミュニケーションで、交渉やお願いをすることはとても苦手でした。
営業がとても向いていると思っていたし入社した会社の他にも内定したのは営業ばかり。
友人やゼミの教授に聞いても営業が向いているんじゃない?と言われ、自他共に認める営業パーソンになる予定が音を立てて崩れていく気がしました。
短い期間でしたが研修をこなし、私はある支店に配属されました。
そこでは、まさに私がずっと夢見ていたような理想とする世界が広がっていました。
きれいなオフィス、そこに見合うオフィスカジュアルで働くキラキラした先輩たち。
大変そうだけどこんなにたくさんの同期がいるんだから、励ましあえば大丈夫だろう。
不安なんて一つもありませんでした。
入社して感じた違和感
研修後、配属初日から上司から引き継ぎを受ける企業の挨拶に行きました。
初めて会う上司に連れられてはじめての企業に挨拶。
上司とは「大学時代はどんなことをしていたの?」から始まり、難なくコミュニケーションを行うことができました。
あっという間に1週間。バタバタしながらも充実した日々を送っていました。
しかし、1ヵ月が経った頃にはすでに私は仕事に対してたくさんの違和感を持っていました。
新卒入社半年なんてこんなものだろうか、でも他の会社に入社した同級生は楽しそうに働く人もたくさんいました。
違和感1.上司に思っていることが言えない
上司や先輩に自分の意見や思っていることがまったく言えませんでした。
会社員になると「同調」だけでは生きていけません。
例えば資料作成の際、体裁や内容で迷うことが多くありました。
周りの同期は、隣にいる上司に「先輩!ここ少しわかんないんですけど!」「どれどれ〜」などとフランクなコミュニケーションができています。
しかし、私の場合は「今、上司、すごく忙しそう。」「こんなことで聞いても、きっと過去の資料を参考にして?」と言われるだけ。
「完成度低すぎ‥と思われたらどうしよう。」「本当にこれで大丈夫?もう一度確認しよう。」など
質問以前に相手の「こんなことわざわざ聞くべきことじゃないのかな?」、「こう思うけど、間違ってたら嫌だから言わないでおこう」などが頭の中で無限ループ。
作業が進まず、時間だけが経つ悪循環に陥っていました。
違和感2.人に見られていることが耐えられない
初めの方は引き継ぎが多く、訪問は基本上司と一緒に行くことが多かったです。
あるとき、クライアント帰りに上司に「もっと喋りなよ。」と言われました。
その時、「私、喋れないわけではないのに。」と強く思ったのです。
何かがおかしい。
自分と相手との会話を、第三者に見られることがとてつもなく耐えられませんでした。
かといって第三者(上司)を巻き込んでクライアントと3人で話せるほど、上司と柔和な関係ではありません。
上司との同行ではいつまでも上司に気を遣い「上司の会話を奪っていないか」「私が喋ることで会社に不利益を被らないか」と不安で頭がいっぱいに。
クライアント先では全く話せなくても、上司との1対1では、フランクな話ができないわけではありませんでした。
クライアントの前でも上司が私にタイミングよく会話を振ってくれると私も話すことができました。
しかし、私が話を切り出さなくてはいけないとき、上司が見ていると思うと、私は話の切り出し方や話の始め方がまったくわからなくなるのです。
そのため、上司から見た私への評価は良いものではなかったと思います。
違和感3.「良い感じに」「なんとなく」がわからない
クライアントへ訪問する際の資料を作るときに、「良い感じにしておいてね。じゃ、お先に。」と言われることが多くありました。
私はこの「良い感じ」の意味が分かりませんでした。
自分が納得すればいい感じなんだよ、ということは頭では理解できますがこれに対して実作業での終わりはありませんでした。
完璧にしないと終わらせられない、きっと「良い感じ」にしようと・どれだけ努力してもいろいろ指摘されるのだろう。
この「良い感じ」を達成しようと何時間も努力。
前述した、「なかなか上司に聞けない」ことと相まって、残業は日付を超えることも多くありました。
それでも、上を見ると朝まで仕事をしていたことがある・会社に泊まりこんだ・1年目なんて泣きながら仕事してたよ、という話もザラに聞きます。
それゆえ、新入社員なんてこんなもの。
その考えが抜けず、私だけが辛いのではないとずっと思っていました。
完璧主義な上司
人間はほとんど褒めて伸びるタイプだと思っているのですが、私の上司は考え方が違いました。
それはとにかく褒めない主義。
ひたすら逃げ場をなくす詰め方をしてくる、褒めない主義の上司でした。
しかし、役職もある上司であるので仕事はできる、優秀だと評価されてきたのでしょう。
確かに出世スピードも会社内でトップクラスでした。
そんな優秀な仕事ができる上司なので、課長とエリアマネージャーを兼務。
新入社員の私からみてもあの人とっても忙しそう。
そう思う上司でした。
「俺もそうだった」で片付けられる
仕事がとうとう辛くなってきた時、どうしようもなくなって上司に言いました。
「もうこのままでは続けられません」と。
そこで返されたのは、「俺も新人時代はとても辛かった」ということでした。
それでは何も解決になっていない。
私の思っていたことをすべて話そうとしましたが上手に言葉がまとまりません。
結局いつも私をみてくれている先輩のことを悪く言うのも違うと思い、自分の努力不足というところに片付けていました。
上司は課長を兼務していたので、私のいる支社にはほとんど顔を出していませんでした。
とはいえ、私の課長はその人ただ一人です。
なにかあるとき、相談するのは課長しかいません。
「もっと気軽に相談するといいよ」「何かあれば俺に言って」そうは言うものの、兼務をしているため支社にはほとんど不在。
なんでも相談できる間柄では当然ありませんでした。
仕事内容を伝えるのも、逐一電話やメール。
簡単なコミュニケーションや電話やメールで聞くまでもない雑談は全くありませんでした。
「俺は褒めないよ」と言われた日
私が人間ほとんど褒めて伸びるタイプだと思っていると述べた通り、私はそんなに褒められたいオーラが出ていたのでしょうか。
はっきりと「俺は褒めないよ」と言われました。
上司は、私の目の前でよく入社3年目の先輩のことを詰めていました。
そんな状況を当たり前のように見せられるとどうしても私も萎縮をしてしまいます。
先輩が怒られている理由の1つに「私への指導法」もありました。
つまりは、私がなにか間違った行動をとることで、先輩が叱られてしまう。
この状況を知ったことでますます私の仕事スピードは恐怖により遅くなって行きました。
そんなことを言われても、なお部下は上司にはついていくしかありません。
気持ちの切り替えがなかなかできない
就業中はいろんなことに気を使いすぎてうまく仕事を進めることができなくなっていきました。
それでも終業後に上手に気持ちの切り替えやリフレッシュができれば問題ないと思います。
しかし私はうまく仕事を進めることができない自分への劣等感・そもそも大量の残業がある手前、仕事の手が空くという感覚がありませんでした。
そして、上司や先輩から言われた些細な注意でもとても心に引っかかりました。
ささくれのように、チクチクした痛みがずっと心の中につかえている感覚です。
そんな状況が昼夜、公私問わずやってくるため、次の日のことを思うと夜はなかなか眠れませんでした。
朝も7時ぐらいに起きればいいものの、4時頃に目が覚める毎日。
食事も取る気が起きず、あってないような昼休みはオフィスビルのソファで横になるだけ。
大好きだったオフィスカジュアルもいつしかぺたんこヒールに同じジャケットという状況が続きました。
部下にとって上司不在という状況
リモートワークが一般化しつつある今、改めて言葉で実際に話すこととメールやチャットで文字のコミュニケーションをすることは雲泥の差があると感じています。
表情や声色までも情報として手に入れなければどうしても怖いと感じてしまうのです。
当時はコロナではありませんでしたが、上司不在と言うことで何かを伝える手段は主にメールかチャットでした。
文字にしなくても良いような些細な質問まで文字にしなければなりません。
結論に至るまでの背景まで伝えたくなるため、つい長くなってしまう文章。
それが私にとってものすごいストレスでした。
相手に直接文章を送るなら、どれだけ周りくどくても相手に伝われば良いと思うのですが、問題はグループチャットやCCに先輩を入れなければならない時。
前述した通り、人に見られていることがとても苦手な私はメールやチャットも人に見られている故、第3者からどう思われているのかがどうしても気になり、余計に手間取ってしまいました。
しかも、褒めない上司ですから、叱る時もCCに先輩が入っている状態。
グループチャットで名指しで怒られることもしょっちゅうでした。
それがずっと苦手で苦痛で耐えられませんでした。
私のできないこと報告が始まる
上司はとても完璧主義でした。
それは私に対してだけでなく、私の先輩に対しても。
先輩は「報告」として私のできなかったことやミスを上司に伝えます。
もちろんそれは上司からするとまっとうな指導の一環。
とはいえ、私にもそれを共有されることで、先輩に口頭で注意されたことが、文面でも見せられ、さらに上司の口からも言われ、それに対して先輩も返信をします。
1回言えばいいことに対して、何度も何度も何度も何度も目にしなければならない。
上司不在ということで生まれる弊害でした。
こんな私の「できていないこと報告」を見るたび、もっともっともっとちゃんとやらなければならない、私がなかなかできないから周りも上手に進めないんだと自分を責めるしかありませんでした。
褒めない上司なので、できていないことばかりが浮き彫りになっていくのです。
先輩のため息
先輩の意図が上手に私に伝わらなかった時や、私が思うように結果を出せなかった時は上司から先輩も含め叱られていました。
しかし、先輩の指導法が悪いと感じた時は、上司は決まって先輩の携帯電話に電話をかけてきていました。
固定電話もあるのに携帯電話に連絡をするということは、私に聞かれたくないことを話すから。
ほとんどが、私についての見解でした。
先輩が上司から私の指導法や方向性について、とやかく話されていることを考えているだけで胸が締め付けられるような思いになります。
その先輩がため息をついて無言でデスクに帰ってくるだけで私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
私のことは直接私に言って欲しい。と思いましたが、実際に文面で起こったことだけで判断される手前、なかなか上司に面と向かっては言えませんでした。
同期が休職したことを噂で知る
そんな心労と実働のしんどさが相まっていたとき、同期からあるLINEが来ました。
そのLINEの内容は他の支社の同期が休職したとのこと。
仕事が辛いということはよく同期と共有していたので、みんな同様に持つ感覚なのだろうと思っていました。
しかし、休職の知らせを聞いて私の中で「そう言う選択肢をとっていいんだ」と認められた感覚になったのをよく覚えています。
しかしながら、入社前の希望や喜んでくれた周りの人のことを思い出すとどうしても悔しくてそうはできませんでした。
でも、私にとって大きなきっかけの一つとなったことは変わりありません。
結果から言うと、私が休職に入る2ヶ月ほど前の話でした。
何をしても八方塞がり
当時ここまで自分の気持ちを言語化できていたらきちんと上司に伝えることができ、困るところもなかったのかもしれません。
しかし、とにかく仕事に追われ、時間がなく、知らない土地にいるよく知らない上司。
歓迎会をして欲しかったわけではありませんが、忙しさ故、他部署の新入社員歓迎会は行われていたものの私の部署では行われることはありませんでした。
私にとっては目の前が真っ暗で、何をしても怒られる・指摘されるとしか思えませんでした。
どう動けば良いのかもわからないのに、先輩も怒られ、私から離れていく。
よくないとわかりつつもこう言った心の癖はなかなか治すことができないため、何をしても一歩引いたところから見ている自分がいました。
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